「ピロリ菌は除菌できたので、もう胃カメラは受けなくても大丈夫ですよね?」
診療をしていると、時々このような質問を受けます。
ヘリコバクター・ピロリ(H. pylori)の除菌は胃癌を予防するうえで非常に重要ですが、、ここには一つ注意していただきたい点があります。
「ピロリ菌を除菌した=胃癌にならない」ではありません。
当院では、ピロリ菌の除菌に成功した患者さんにも、原則として年1回程度の胃カメラ(上部消化管内視鏡検査:EGD)をおすすめしています。
ピロリ菌と胃癌
ピロリ菌は胃粘膜に慢性的な炎症を起こし、長い年月をかけて
慢性胃炎 → 萎縮性胃炎 → 腸上皮化生 → 胃癌
という変化を引き起こすことがあります。
そのため、ピロリ菌を除菌することには大きな意味があります。実際、国際的なコンセンサスでも、ピロリ菌除菌によって胃癌発症リスクが低下することは明確に認められています。
重要なのは、除菌によってリスクは「低下」しますが、「消失」するわけではないということです。
特に除菌するまでにすでに胃粘膜の萎縮や腸上皮化生が進んでいた場合、その胃粘膜にはある程度の発癌リスクが残ります。
京都グローバルコンセンサスでも、除菌後の胃癌リスクは萎縮性胃炎の程度と広がりに関連し、リスクの高い患者さんには内視鏡による経過観察が必要であるとされています。
胃癌は除菌から10年以上経っても発生します
日本から非常に興味深い長期成績が報告されています。
ピロリ菌除菌を受けた消化性潰瘍患者1,222人を、平均9.9年間、最長17.4年間にわたって年1回の胃カメラで追跡した研究です。
除菌成功群では胃癌の発生率は年間約0.21%で、除菌不成功群の約0.45%より低く、除菌による胃癌予防効果が確認されました。
一方で、注目すべきことがあります。
除菌に成功してから最長14.5年後にも胃癌が発見されています。
つまり、
「5年前に除菌したから大丈夫」
「10年前に除菌したから、もう胃癌にはならない」
とは言えないのです。
除菌すると胃粘膜の炎症が改善するため、一見すると胃がきれいになったように見えます。しかし、その中に発生する「除菌後胃癌」は、周囲の正常粘膜との境界が分かりにくくなることがあります。
除菌後の胃癌は必ずしも「見つけやすい胃癌」とは限らず、当院では除菌後の患者様には細心の注意を払い、入念に胃カメラを施行しています。
症状がないから胃カメラを受けない」はおすすめしません
早期胃癌では、ほとんど症状がないことも珍しくありません。
「胃が痛くない」
「食欲がある」
「胸やけもない」
ということと、胃癌がないことは同じではありません。
実際、除菌後に発見された胃癌について検討した研究では、胃癌診断前2年間に内視鏡検査を受けていた患者ではStage I(早期)で発見される割合が高く、内視鏡治療によって根治できる患者も多かったことが報告されています。
胃癌は早期に発見できれば、開腹手術ではなく内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD)などの低侵襲な治療法で完遂できる可能性があります。
重要なのは、症状が出てから胃カメラを行うことではなく、症状のない段階で定期的に確認しておくことなのです。
当院では「除菌後も年1回」をおすすめしています
除菌はゴールではありません。
むしろ、
① ピロリ菌を発見する
→ ② 除菌する
→ ③ 除菌成功を確認する
→ ④ その後も胃癌を定期的にチェックする
ここまでが一連の胃癌予防・早期発見だと当院では考えています。
もちろん胃癌のリスクはすべての人で同じではありません。特に、胃粘膜の萎縮が強い方、腸上皮化生がある方、胃癌の家族歴がある方、過去に胃癌や胃腺腫の治療を受けた方などでは、より慎重な経過観察が必要です。
早期胃癌の内視鏡治療後については、日本の「胃癌に対するESD/EMRガイドライン」でも、ピロリ菌除菌後も異時性胃癌の発生リスクは長期間継続するため、定期的な上部消化管内視鏡検査が必要とされています。
ピロリ菌を除菌したことは、胃癌予防にとって非常に大きな一歩です。
しかし、「除菌したから、もう胃カメラは必要ない」ではありません。
せっかく胃癌のリスクを下げたのであれば、その後に残る小さなリスクについても定期的に確認し、万が一胃癌が発生しても、内視鏡で治療できるような早期の段階で発見する。
そのために当院では、ピロリ菌除菌後も原則として年1回程度の胃カメラを受けていただくことをおすすめしています。
森川医院では、国内外の診療ガイドラインや最新の医学的エビデンスを踏まえ、患者さんにとって「安全」「安心」「納得」の医療を提供できるよう努めています。
医療は日々進歩しています。これからも新しい知見を取り入れながら、わかりやすい情報発信を続けてまいります。気になることがありましたら、お気軽にご相談ください。
参考文献
- Sugano K, et al. Kyoto global consensus report on Helicobacter pylori gastritis. Gut. 2015;64:1353-1367.
- Take S, et al. Seventeen-year effects of eradicating Helicobacter pylori on the prevention of gastric cancer in patients with peptic ulcer; a prospective cohort study. J Gastroenterol. 2015;50:638-644.
- Takayama S, et al. Kyoto Classification-Based Predictive Factors Associated with the Development of Gastric Cancer After Helicobacter pylori Eradication: A Prospective Multicenter Observational Study. Diagnostics. 2025.
- Kodama M, et al. Early detection of gastric cancer after Helicobacter pylori eradication due to endoscopic surveillance. 2018.
- 日本消化器内視鏡学会. 胃癌に対するESD/EMRガイドライン(第2版). Gastroenterol Endosc. 2020;62:273-290.